シュタイナーが目指したものは何か(2)

 私どもは、学校を知的修練の売り場とは決して考えなかった。

                        内村鑑三


 朝日新聞「折々のことば」から


 内村鑑三は明治のキリスト教思想家の代表的日本人です。




 「修練を積めば生活費が稼げるとの目的で、学校に行かされるのではなく、真の人間になるためだった。教育は、これに精進すればこんな見返りがあるという論法でされるものではない。次の世代が正しく、そして確実に生き延びられるよう、自らの持てるあらゆる知恵を伝えることにある。」

と続きます。


 シュタイナーも教育の目的は「真の人間」になることを目指したものでした。シュタイナーのいう真の人間とは、自由を獲得した人のことです。


 シュタイナーの言う自由とは


 自分が何かを行おうとするとき、世間的な思惑や外的な決まりを第一に考慮するのではなく、自分が正しいと信じることを自分の責任で行おうとする。外からの規制ではなく自分個人の判断によって行動し、その行為には責任を負うというあり方です。


 自律した人間を目指すということですね。何をするにも親が言ったから、偉い人が言ったから、あるいは友だちが言ったからするのでは、何か問題が起こったとき人のせいにしてしまいます。親が悪い、学校が悪い、社会が悪いと。不平不満ばかりが募っていきます。

自分の行為に対して責任を負うには、自分個人の判断で行わなければなりません。  


 ではどのようにすれば、自由な人間を育てることができるのでしょうか。



 人生の構成要素は何か


 思考 感情 意志


 人間の人生というのは自分が考えたこと、自分が感じたこと、自分が行為したことの総体です。どんな小さな行為でもこの3つから成り立っています。たとえば「A町に行く」という行為でも、まずおいしいケーキが食べたいなあと感情が動きます。A町にはおいしいケーキ屋さんがあるのでそこへ行くにはどうすればいいか考えます。自転車で行こうか、バスに乗って行こうかと。考えが決まったら実行します。


体験とは、感じたこと、考えたこと、意志したことから構成されています。


この3つをどのように育て自由な人間を目指すのかがシュタイナー教育の目的です。

この3つを育てるためにはバランスよく育てることがとても大切です。


どれかに偏らないということです。偏っていると何もなすことができません。思考に偏ってしまうと頭でっかちになります。感情だけに偏ると考えも実行する力もないので何もできません。意志だけでは闇雲に動いているだけです。


 シュタイナーは思考、感情、意志を育てるのにはそれぞれ育てる時期があるといいます。育てる時期を間違えると弊害がでてきます。


意志は〇歳~七歳に

感情は七歳~十四歳に

思考は十四歳~二十一歳に育てます。


 その中でも意志を育てるのが0歳~七歳の無意識の時代です。この時期に育てることを怠ると、後に意識して身につけようと思ってもとても難しく困難です。


 どうすれば意志は育つのでしょう。


 意志を育てるためには、自由に遊ぶ時間が必要です。四六時中、指示や命令で動かされていたのでは意志は育ちません。


しかし、自由に好き勝手にただ遊ばせるだけでは、正しい意志は育ちません。どんな行為を選ぶのかがとても大切なこととしてあります。利己的な行為なのか、他者への愛による行為なのかが問われるのです。教育とは正しい意志の教育ともいえます。


教育の基礎となる一般人間学というシュタイナーの本の中で、意志の本質が述べられていました。


 意志はまず本能、衝動、欲望の領域に見出されます。乳幼児期の子どもたちはまだこの低次の領域にあります。その意志を自我がとらえると動機を生み、願望、意図、決意へと高次の領域に進むことができるというのです。動物には自我がないので動機を持つことができません。ですから一生、本能、衝動、欲望から抜け出すことができないのです。


 シュタイナーは動機を認識することがとても大切だといいます。自分が行っている行為はどういう動機で行っているのかが認識でいると自由な人間になれるというのです。


 刑事ものやサスペンスなどのドラマを見ていると、犯罪者の動機を追及していくものがほとんどです。犯罪を犯すにいたった動機を解明することによって、ドラマを見ている人に、ただ犯罪を憎むだけではない人間性を見出し、心が癒されるのでしょう。


 今私が行っている行為は、本能や衝動や欲望で動かされているのか。憎しみや怒りや嫉妬で動いているのか、復讐心や義務感から動いているのか、感謝の気持ちや、愛情によるものなのか、敬虔な感情や、忠誠心によるものなのか。自分が行っている動機を認識できたとき人は自由になれるのだと思います。


本能や衝動や欲望に支配された行為は、利己的な行為になりますが、動機を認識することによって高次の意志へと導かれ道徳的な行為へと進むことが出来るのですね。


 人は様々な感情によって行動を起こしますが、そこにとどまるのではなく思考の力(認識)が加わることによって正しい行為へと導かれるのです。

 シュタイナーは、何の外的な基準によらず、イデオロギーや教義によらず、一人ひとりが自分の体験、自分の感覚、自分の思考、自分の直観、自分の良心、自分の判断に基づいて行動する自律的な人間へと前進していくことが「自由の理念」であり「自由の哲学」だと述べておられます。


思考、感情、意志


どれも怠ることなく大切に育てたいものです。


 特に〇歳~七歳までの意志の教育では、これは正しいことなのだと言って聞かせるだけでは育ちません。大人が子どもに良いモデルを示すこと。これこそ子どもの中に正しいものとして確信するものを毎日行わせること。反復して行わせること。その行為を習慣まで高めてあげることで意志は育ちます。

 

 主体性を育てるのだという理由で、早くから子どもに判断をさせることも慎まなければならないことだと思っています。未熟なまま判断を行うと正しい判断はできません。子どもは、まず人の話を聴くこと、多くのことを謙虚な気持ちで学ぶことが大切です。


最後にシュタイナーのことば


行為への愛において生きること、他人の意志を理解しつつ生かすこと、これが自由な人間の基本命題である。


大人になった私たちにも大切にしたいことばです。


by kusunokien | 2018-01-13 19:28 | くすのき園つうしんより

<< 2018年度1学期の親子教室 2017年度3学期の親子教室 >>