子どもたちにメディアの脅威がやってきた

 夏休み、日本シュタイナー幼児教育協会主催の講演会に参加しました。講演の内容は、「子どもを取り巻くメディアの影響」ということでした。講師はウルケル・ペッター氏です。ペッター氏は、私たちは今、デジタル時代を生きていて、大きな革命的な変化が起こっているといいます。

 大多数の人が持ち歩くスマートホン。[ポケモンGO]のゲームが話題になっていますが、本当にスマホの普及率はすごいですね。電話やメールはもちろん、わからないことは簡単に検索できるし、友人と手軽にコミュニケーションをとることができるし、道に迷えばナビ、退屈すればゲームや電子書籍とスマホ一つであらゆることができます。「便利そうやなあ」と誘惑にかられますが、いやいや「先生の携帯すごい!折りたたみ式や」と言われているので、もう少し自慢しておこうかなと思っています。でも、もうメディアなしには生活していけない時代になっていることを痛感しています。

 ここで問題なのは、子どもにメディアの影響が深刻になってきているということです。シュタイナー関係の人だけではなく、日本でもメディアの子どもたちへの影響を考える人が出始めています。

脳科学者の川島隆太氏は、仙台市立小学校・中学校の児童7万人のデーターを解析して、スマホの使用時間と成績の関係を調べました。
その結果、スマホや通信アプリの使用時間が長い子どもから、せっかくやった学習内容が消えてなくなるということが判明したそうです。また、長時間プレーする習慣で脳の発達が遅れるというのです。テレビを見たりゲームをしているときは、前頭前野という物事を考えたり、自分の行動をコントロールする力に血流量が下がり働きが低下してしまうのだそうです。テレビを長時間見たりした子どもは、思考や言語を司る部分の発達が悪くなると。
川島隆太氏は「脳の解析データーを見て絶句し、自分の子どもにスマホを与えたことを大いに後悔しました。」と言われていました。

 また、小児科医の田澤雄作氏は、「メディアにむしばまれる子どもたち」という本の中で、「大人には便利な電子メディアでも、子どもにとっては心身の成長発達を脅かしかねない前代未聞の問題です。」と述べておられます。

 警鐘を鳴らしている人すべてが言われていることは、本来の直接的な人間関係が希薄になってしまうということです。

 田澤雄作氏は、
 「いじめの背景にあるのは、赤ちゃんの時代からの映像メディアとの過剰接触に始まります。そのことにより、親子のコミュニケーションを希薄にさせ、その結果、言葉の土台である聞く力、話す力が育ちにくくなり、子どもたちは幼いままの心を抱えて大きくなります。
 やがて思春期がやってきます。過熱した進学競争やスポーツなどの過酷な部活動の中で、子どもたちは睡眠や休息の時間を削られ、さらに魅力(魔力)満載の電子機器に吸い寄せられて、さらに時間を盗み取られ、慢性疲労を抱え、笑顔を失い、学力、コミュニケーション力や気力を低下させ、自尊心をも低下させます。抑制力も共感する力も、育成されないどころか、日々弱められ、学校や家庭での問題行動の引き金となります。」と述べておられます。

私も中学生の孫がいますが、深夜までメールやゲームに明け暮れていると聞きます。いつも眠くて疲れている感じがします。田澤氏のいうことは人事とは思えません。他の子も皆やっているとのこと。
怖いですね。子どもたちは、どうなってしまうのでしょうか。

また、文部科学省は2015年に小中高校で使用する教科書をデジタル化する方向で検討に入ったそうです。5年以内にタブレットなどの情報端末を一人一台配布することを決めています。
先生の変わりに、ロボットが子どもたちを教える時代がすぐそこに来ているようです。教育だけではなく、育児も介護も然りです。

育児も教育も介護も手間隙がかかる仕事です。だからこそ成長への喜び、感謝への気持ちを与えられます。人間としてこれほどの幸せはありません。
どんなに科学が発達しても、育児も教育も介護も、機械には絶対任せられない領域です。

目覚めよ、大人たち!

なんだか、SFの映画のようになってきましたが、今、まさに現実の社会になっていることに気づかないと本当に手遅れになってしまいます。

 ペッター氏は、決して後ろ向きに、かってあった時代に逆戻りしたいと思ってはなりません。現在の人類が直面している問題で、多くの辛いこと、困難なことがおこってもこの時代を通過していかなければなりません。といわれます。

 教育における課題は、本当の意味でのメディア教育を行うこと。それぞれの年齢に応じたあり方をしなければならないといいます、

 たとえば、「自分で物を買う」という行為は、ある年齢にならなければさせません。5,6歳になったころでしょうか。
 アルコールを飲み始めるのもふさわしい年齢があることは自明のことです。
車の運転もある年齢になるまでさせないということも皆、認識していることです。ところが、メディアには、子どもが自立して、それとかかわる年齢があることが確立していません。と。

 ドイツでもゲーム協会に対して異を唱える保護者組織があるそうですが、協会の力が強すぎて歯が立たないそうです。日本でも産業界から、教育の中にコンピューターを持ち込むように圧力がかかっているそうです。それは、幼児期からコンピューターを与えておかないと世界から遅れてしまうという脅しを使って。

 ペッター氏は、私たちは、子どものころコンピューターは使っていませんでした。けれども、今、たいていの大人は使っています。そのことを思い出して欲しいと言われていました。

これからの時代、メディアとの関わりを避けては通れません。それゆえ、お酒や、運転免許のように、ふさわしい年齢になるまでは使わせないということを、多くの大人が認識しなければいけないと思いました。

 子どもたちには、架空の世界で遊ぶのではなく、本当の光を、花を、虫を、石を、木を、動物を。手でさわり、匂いをかぎ、耳で聞き、目で見ることができますように。

メディアをつかって、空間を探索するのではなく、自分の体を自分で動かし、行動し、その道程で様々な出会いを体験し成長していけますように。

メディアを通して人と出会うのではなく、いつも子どものかたわらには、現実の心をもった人間がいて、その人を通して自分や人や世界を知ることが出来ますように。


樋口 早知子

by kusunokien | 2016-09-01 12:18 | くすのき園つうしんより

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