信じること・愛すること・希望を持つということ

3月に、6名の子どもたちが小学校へと巣立っていきました。
体も心も大きく成長した子どもたちです。
特別なことはなんにもしていないのに子どもの成長って本当にすごいなあと改めて感じます。
「幼稚園で楽しかったことは何?」と聞くと、口をそろえて「自由に遊んだこと。」という答えが返ってきました。

私は、今までもたくさんの子どもたちを小学校へと送ってきました。
その時々で子どもたちの成長を喜んできたのですが、自己満足的な要素が大きかったように思います。
運動会で取り組む竹馬が上手に乗れるようになった、折り紙が上手になったなど自分が教えたことで子どもができるようになることは教育する者にとって喜びです。
できないことをできるように導くこと。それこそが保育者の仕事なのだと思っていました。
ですから、目に見える「できること」へと保育の比重が傾いていきました。

先日、くすのき園に見学にこられた方が、「幼稚園の行事のたびにストレスを抱えて帰ってくるのです。」と子どもさんの悩みを話しておられました。
幼稚園の先生から、「子どもは、困難なこと、苦しいことを体験し、それを克服して成長していくのです。」と言われたそうです。
以前の私なら「そうですね。」と答えたでしょう。
でも今は7歳までの子どもにはこのことは当てはまらないと思えるのです。

7歳までの子どもは、大人が教え導くのではなく「模倣」を通して成長することがわかったからです。
子どもが立って歩けるようになるのも、話せるようになるのも、大人が手取り足取り教えたからではありません。
自分で歩けるようになりたい。話せるようになりたいと意識して練習したからでもありません。
周りにいる人たちを見て「模倣」することによってできるようになるのです。

シュタイナーは、主な肉体器官は、人生の最初の7年間に発達します。
そして、7歳までの子どもは、「模倣」を通して成長すると述べておられます。
子どものまわりでおこること、目や耳で知覚するすべてが子どもの器官の成長にとって重要な意味を持つのですと。

また、子どものまわりにいつも苦痛や悲しみを見ているか、喜びや楽しみを見ているかということは決して軽視してよいことではないとも言われます。
喜びや楽しさは健全な素質の基礎となり健全な器官を形成します。
一方、喜びや楽しさ以外のものが子どもの中に流れ込んでくると病気の下になるのだそうです。
私たちは意識があるのでそれが壁になって苦痛が体の中まで達することを防いでいるのですが、この時代の子どもたちは無意識の時代に生きていて辛い気持ちが体の中まで浸透して病気の原因になるのです。
この時期の子どもに少しでも無理な節制を強いることは、子どもの中の自然にかなった健全さと成長の可能性を根絶やしにしてしまうことになりますと。

子どもは何故、「模倣」するのでしょう。子どもは、良いことも悪いこともすべて模倣します。

シュタイナーは、
「子どもを見て、その素晴らしさと偉大さに打たれるのは、子どもが世界の中で倫理性を信じ、世界は模倣するに足りるものだと確信している人種であるからです。」 と言われます。

私たちが、生きていく上でなくてはならないもの。
それは信じること、愛すること、希望を持つということです。
人は信じることができないと心は、荒廃し孤立します。
また、人は愛することができないと、心は冷え干からびます。
また、希望を持つことができないと未来の見通しに絶望しなければなりません。

でも、7歳までの子どもには、すべてを信じる力があります。
たとえ虐待する親であっても親を愛します。
そしてこの世界に希望をもって生きています。
この力があるからこそ模倣しようとするのだと思います。

これらの力は、子どもたちが生まれるときすでに持って生まれてくるのだと思います。
私にもこの年になってやっと、より高い世界からの見守り、働きかけが子どもの成長を導いてくださっていることを感じられるようになりました。

幼いときの楽しい思い出は、信じること、愛すること、希望を持つことの確かな土台となり、その後の困難な人生を乗り越えていく力へとなってくれることでしょう。


樋口早知子

by kusunokien | 2015-04-16 09:48 | くすのき園つうしんより

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