子どもの成長には  不便であることも必要 


私は根っからの方向音痴なのです。
知らないところへ行くのに自分ひとりの力で行けることはまずなく、
必ず何人かの人に道を聞かないとたどり着けません。
今は「スマホ」があるでしょ。それさえあれば一人で迷わずたどり着けるよ。
と言われるのですが…。

世の中、便利なものが増えて困ることもどんどん少なくなってきました。

くすのき園では、普通の家を保育室に使っているため小さい子には不便なところがあります。
台を置いたり、紐をつけたりして使えるようにしているのですが。


開園まもなくのころ、トイレの電気のスイッチの位置が小さい子には届かなったため、
保護者の方が便利なものを持ってきてくださいました。
紐を引っ張れば電気がついたり消えたりするものです。

けれども、数日後、電気を消す方の紐が取れてしまいました。
もうボンドで固定してしまったので直せないとのこと。しかたがありません。
電気がついていれば、大人がこまめに消せばいいかと思っていました。

ところが、電気をつけっぱなしする子どもはほとんどいないのです。
どうしているかというと、大きい子に頼んで消してもらっているのです。

大きい子は、頼まれるとうれしそうに消しに行ってくれます。
そんなある日のこと、いつも電気を消してもらっていた子が、
スイッチに手が届き自分で消すことができました。
「電気、自分で消せた。」と大喜びで報告にきました。

なんと誇らしい顔。
思わず、「よかったね。お姉ちゃんになったんだね。」と、私までうれしくなりました。


不便さがこんなにも子どもの成長を促していたとは。 
子どもたちは、知らない間に、できないところは助けてもらうことを学び、
トイレの電気が自分で消せるようになることは大きくなったという自覚、喜びに
つながっていたのですね。


徳島県の海部町は自殺率の低い町です。
その町でアンケートを取ったところ、「助けを求めることを恥ずかしいと思わない。」と
答えた人がたくさんいたとか。


世の中は本当に便利になり、人と人とが助け合う機会も、つながりも少なくなってきました。
こんな状態はますます深刻さを増してくるように思います。

これからは、特に子どもの成長には、あえて不便さを作っていくことも
必要になってくるのではと思ったりします。


樋口早知子

by kusunokien | 2014-01-09 21:23 | くすのき園つうしんより

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