「下位感覚」 ( アルバート・スズマン著 『魂の扉・十二感覚』)

スズマン氏は生命を担う源泉として、食べ物、空気、感覚を上げています。

その源泉が今危機に瀕しています。
特に感覚が汚染されていることに人々は気づいていないといいます。



治癒教育家のバーバラ氏も
「感覚は近代的な生活のありようのために破壊されつつあります。現在人のすべての人が感覚の退化に苦しんでいます。治療を必要とする人の多くは、感覚の偏り、過剰、退化していることが原因です。けれども、人々は感覚についてあまりにも無関心です。自分自身や子どもたちの感覚が脅かされていることに気がついていません。」と述べています。

私たち大人は意識をすることによって感覚を再活性化することは可能ですが、
子どもたちには大人の配慮、援助が必要です。
そのためにはどうすればいいのでしょう。

子どもたちの感覚がバランスよく育つためには、
それぞれの感覚を理解すること、感覚を育てるという意識を持つこと、そして、
具体的な取り組みを行うことです。


今回は、下位感覚 を学びたいと思います。
下位感覚は肉体的な活動を知覚する感覚で、〇歳から七歳に育つ感覚です。


触覚は、「自分自身の体を知覚し、自分と世界との境界線を感じる感覚」です。
触覚が育たないと、社会性に影響を及ぼし、他者との関係性を作るのが非常に困難になるといわれています。多動になったり、不安や心配性を引き起こします。
触覚は触ってもらうことによって、また、自分自身が色々なものを触ることによって育まれ、
0歳から2歳までに成熟するといわれています。

赤ちゃんの時代に、優しく抱っこしてもらうこと、色々なものをなめたり触ったりすることが
どんなに大切なことかがわかります。
さわり心地のよい自然素材のおもちゃであればもっといいでしょう。
決まった場所に同じものがあり、何度も触ることができるということも大切です。
確かさが得られます。


生命感覚は、「自分自身の体の状態を知覚する感覚」です。
体の具合が悪くなると痛みとして私たちに知らせてくれます。
生命感覚は一種の警報システムとも言われています。
生命感覚に支障をきたすと、一人でいるのが不安になったり、リストカットを繰り返し自殺願望が現れたりします。
生命の危機を感じなくなってしまうのでしょうか。

ところが今はこの生命の危機を知らせてくれる「痛み」を避けようとする傾向にあるとスズマン氏は言います。怪我や病気を恐れ、必要以上に過保護になったりします。
スズマン氏は、昔話の中の怖い場面や残酷な場面を作り変えて語るのも生命感覚を育てないといいます。
痛みを体験し、それを乗り越えるところに心や体の成長があるのですから。

生命感覚は四歳ごろ成熟するといわれています。
それまでは具合が悪くなっても、どこが痛いのかはっきり言うことができません。
大人の配慮が必要なときです。


運動感覚は、「自分が動いていることを知覚する感覚」です。
スズマン氏は、人間の動きには必ず意図があるというのです。
コップで水を飲むという小さな動きから、電車に乗って友だちに会いに行くという少し大きな動き。一ヶ月の動き、一年の動き、みんな意図を持って動いているのですね。
ところが生涯の動きとなると明確な意図を意識できないのが私たちです。
「人生を終わりから考える」。そういう視点を持つことを教えてくれる感覚です。


平衡感覚は、
自分の立脚点を持つこと、そして空間を他の人と共有することができる感覚」です。

運動感覚は五、六歳ごろ、平衡感覚は六、七歳ごろ成熟します。
年長さんになるころには自転車に乗れたり、高い竹馬に乗れたりと運動能力が一段とアップするのがわかります。
ぎこちなかった動きが、やっと自分の体を思うまま動かすことができるようになるのですね。

運動感覚や平衡感覚が育たないと模倣することができません。
模倣することができないと他の子と遊ぶことができないのです。
自分への評価も低く自信を持つことができません。
運動感覚や平衡感覚を養うには、スポーツを習わせるというのではなく、体を動かして遊ぶこと。過保護にならないようチャレンジさせること。歩く習慣をつけることなどです。
床ふき、窓拭き、料理、園芸といった生活に関わる仕事をすることもいいですね。


特にこの四つの下位感覚は、他者を理解する感覚である上位感覚の基礎となります。
下位感覚が十分育たないと他者と関係をつくるのがとても難しいのです。
しかもこの下位感覚は大きくなってからとりもどすことも困難です。
このことを意識して、子育てに活かしてほしいと思います。


樋口早知子

by kusunokien | 2011-01-19 10:26 | くすのき園つうしんより

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